やっつけ本番

思いついたら書きます

あなたは階段を登っているのではない

はとさん(@810ibara)主催企画「ぽっぽアドベント2023」に参加しています。今年のテーマは『NEW WORLD』。17日目担当のまどりです。
NEW WORLD Advent Calendar 2023 - Adventar


 勉強が楽しい。韓国語学習を始めて9ヶ月になった。
 知らない単語、文法、発音、慣用句、文化、歴史があることが興味深くてもどかしくて、「知らない」が「知っている」に変わっていく過程がとても楽しい。韓国語学習を始めてから、自分は勉強が好きだったのだと思い出した。
「語学学習は終わりがない」とよく言うけれど、熱しやすく冷めやすい性格で、なにかに夢中になってもある程度のところまで追いかけた後は「100%極めることはできないし」と勝手に意欲を失い離れてしまっていた自分にとって、終わりがないと感じられるものに出会えたことは喜びだった。
 きっと他のものだってそうだったのに、これまでの私にはわからなくて、気づかせてくれたのが韓国語だった。

 去年の秋頃、韓国のアイドルグループSEVENTEEN(세븐틴/セブンティーン)のファンになった。
 韓国語学習のきっかけは、彼らが話す言葉や作り出す音楽(グループの楽曲の作曲・作詞・編曲・プロデュースはほぼ全てメンバーのウジが手がけていて、他のメンバーも楽曲制作に携わっている)を理解したいと思ったからだった。
 韓国語学習を始めてから数カ月が経ったある日の夜、SEVENTEENの"Rock with you"という曲を聴いていたら、「이 밤은 짧고 넌 당연하지 않아(この夜は短くて君は当たり前じゃない)」という歌詞が、日本語の意味を考える前にスッと自然に韓国語のまま頭の中に流れてきた。
 あれ?私わかった?いま意味わかって聴いてたよね?と一瞬遅れて気がついて、涙が出そうになるくらい嬉しかった。

 5年前、韓国ドラマ好きの母親に誘われて初めて韓国を訪れた。
 あるレストランで食事をしていた時、父親らしき保護者と一緒に隣の席に座っていた小学生くらいの子どもが、「俺はナルトとワンピースが好きです。日本語を勉強しています」と日本語で話しかけてくれた。
 当時の私は「안녕하세요(こんにちは)」程度の韓国語しか理解ができず、日本語と簡単な英語を使って、ちょっとどぎまぎしながらも楽しく会話をした。その子は帰り際、「さっき買った美味しいパン」だと言って、半分に千切った食パンと済州島のみかんを私にプレゼントしてくれた。
 これまでずっと、「旅のとてもいい思い出」としてその時のことを記憶していた。
 だけど自分が韓国語学習を始めた今、勉強中の言語でその言語を扱う人に話しかけることはどれだけの勇気が必要だっただろう、とより切実にあの時のあの子に思いを馳せるようになった。緊張しただろうか。話しかける前に何度も頭の中で文章を考えたのだろうか。

 今年の10月、久しぶりに韓国を訪れた。これまでの海外旅行とはまったく異なるものだった。
 言葉が理解できることで飛び込んでくる情報量が格段に増えて、それがまた不思議で楽しく、拙いながらもラリーが続くコミュニケーションに高揚した。海外を訪れる時はいつもふわふわとした非現実感が強かったけど、初めて少し地に足着く感覚を味わった。
 韓国滞在中、家族に「景福宮を見に行こうか」と提案された。景福宮(キョンボックン)は朝鮮王朝の宮殿で定番の観光スポットでもある。
 いいねーと頷きかけたが、私は景福宮の歴史(日本による植民地支配で景福宮がどのような歴史を辿ってきたか)を深く知らなかった。
 勉強は楽しい。知らなかったことを知っていくことが楽しいと思っていた。でも私には、もっと知っておかなればいけなかったことが沢山あった。
 結局その日は景福宮の定休日が重なったこともあって、訪問は次の機会に持ち越しとなった。歴史を学んで、知っておかなければいけなかったことを知った私は、いつか必ず景福宮に行く。

 語学学習を継続する上で最も重要で最も困難なことは、동기부여(トンギブヨ/動機付与/モチベーション)の維持だと思う。
 韓国語学習を始めて半年ほどでモチベーションの低下が起きた。自分の韓国語に成長が見られないような気がして、あれこれ勉強法を模索しては焦って、落ち込んでいた。
 韓国語の先生(週1回オンライン授業を受講している)に相談をすると、「言語学習は階段ではない。階段を一段一段登るような成果の出方はしなくて、ある日ポンッとステージが上がって突然理解できるようになるんです」とアドバイスを送ってくれた。
 階段を登っているのではない、という言葉はまさに目から鱗だった。私の中には、「勉強」は着実に順番に一段一段努力と段階を積み重ねて進むものである、という固定観念があった。
 私は階段を登っているのではない、と考えると心が不思議と軽くなった。いつかポンッとステージが上がった自分を楽しく想像するようになった。

 少し前の授業で先生から「まどりさんの韓国語学習の一番の目標は、SEVENTEENの、彼らの言葉を聞き取れるようになることですか?」と尋ねられた。
 きっかけはそうだった。でも改めて尋ねられた時、確かに最初の目標はそれだけだったけど今は違うかもしれない、と思った。
 韓国語学習を始めてから、5年前にレストランで話しかけてくれたあの子のことをよく思い出すようになった。というか、もし今あの子に会えたら何を話そう、とあり得ない想像をするようになった。
 あの子が今も日本語を勉強しているかどうかもわからないのに、「저는 한국어를 공부하고 있어요. 같이 공부 열심히 해요.(私は韓国語を勉強しています。一緒に勉強頑張りましょう)」と咄嗟に口から出せるようにちょっと練習してみたりもした。
 もっと韓国の歴史を知りたい。もっと韓国語でコミュニケーションを取りたい。SEVENTEENのために始めてSEVENTEENとだけくっついていた韓国語学習の動機が、いつしか四方八方に広がっていった。

 私の韓国語学習は波が大きい。調子がいい時は1〜2時間勉強できるけど、布団の中で単語アプリを5分だけ解いて力尽きる日も多い。恐らくこのままのペースだと、私が韓国語を習得するのは(何をもって習得なのか?)遠い遠い未来だ。
 どうしてこんなに聞き取れないんだ?!と自分を情けなく思う日もあれば、えっ私ってこれくらいは聞き取れるようになってる?やるじゃん?とおめでたく過信する日もある。行って戻っての繰り返しだ。確かに先生の言うとおり、語学学習は階段を一段一段登るような達成感からは縁遠いのかもしれない。
 韓国語を学習している自分の姿をイメージしようとする時、イメージの中の私の頭の上には水瓶が載っている。
 水瓶の中にぽとんぽとんと、毎日数滴ずつ「知らないこと」「知ったこと」が溜まっていく。いつかその重さに気づいて水が溢れる時、ステージが上がる時を楽しみに待っている。


※担当日当日に記事を更新することができませんでしたが、私の(本来の)翌日18日目担当はたっくまさん
@tak_ma1090さんの伏せ字ツイート | fusetter(ふせったー)です!